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ルネサンスの身体的快楽

2019.06.14. | 




カッチーニの「新しい音楽」の序文を改めて読み直し
6月27日のコンサートへ向けて練習をしているのですが

この時代のものを歌うための
様々なテクニックについての記述として
1602、13年に書かれたものがあります。

ルネサンスやバロック音楽を聴いていると
独特で綺麗。流麗。
美はここにあり。みたいな。

それは感じるけれども

なぜ? 
こんな複雑な技術で音を奏でていたのだろう?
という疑問がむくむくと湧いていました。

それがイタリアじゃーい!
と言ってしまえば楽なんだけど。
(今の話題はルネサンスのイタリア音楽についてです)


「装飾」という言葉一つとっても

ドレスで言えばレースとか、ひだ飾りとか、宝石とか。
建築で言えば、流麗な曲線とか、壮大な様式美とか。
美術で言えば…

美は様々な形を見せてくれるけれど

音楽は、ちょっと違う気がしていました。


リハーサルに入り、
共演者の方とお話を重ね、音を重ねてゆくうちに

あ!

と思う瞬間が。


カッチーニはこれまでにも歌ったことはあるけれど
今回の様に
「はじける、うっとりな身体感」

バチバチっと火花が散る様に感じたのは初めてで


ああ、これがルネサンス期の人間を
音楽に夢中にさせた理由か!!

と感じました。



ズバリ
特にカッチーニは
「身体的快楽を極限まで追求したら、こうなりました」的音楽。

あくまでも私の言葉で言えば。


何かの行動をしているときに
快楽ホルモンが出るというのは
人それぞれ状況が違うと思います。

それがスポーツだったり、
絵を描く事だったり、
何かを自分の体で創り出すことに於いて
感じる方は多いのではないでしょうか。


歌は楽器と違い、
音楽との間にワンクッションありません。

身体が楽器なので、ダイレクトに「声」という
外向きの解放を伴います。

スポーツも絵画も、肉体の一部である「声」を持続して出しません。

なので、ある意味独特の身体感覚かもしれません。


ただ、これは
「好きな様に歌う」
「自分が気持ち良い様に歌う」
だけでは、手に入れる事はできません。

まずは
自分の表現したい事を可能にする
身体的なテクニック。
様々な角度から「音楽、歌詞」を感じる
感受性(創造力)、客観的な分析力。

を、手に入れる努力をする事。


そして
体調や、メンタルや、ホールの環境や
全ての面が上手く噛み合うと天国。

神様、有り難う…
って涙が出るくらい本気で思う。
(私は宗教は持っていないので、この言い方が適切かわからないけれど)


しかし
大きく何かが外れたら地獄。


それは不可抗力的に
自分のコントロール下に置けないこともあるので
全てが合致する奇跡を願うのみ。


特別なほんの少しの奇跡をキャッチするために
そしてそれをお客様に還元するために。

私ができる事は
心身共に勉強をし
練習するのみ。
(怠け者の私はエンジンかかるまで、いつも大変でございます。)


人間の出来る事、
最後はここね…



皆様に
私という媒体(神様から頂いた声)を通して
何かを
手渡すことができます様に、と切に思います。

少しずつですが、前進してゆくつもりです。


今年は6月27日と8月2日しか
一般公開のコンサートは無いのですが
「何か」をお楽しみいただければ幸いです!









NHK 奈良 NHK大阪 放送

2019.05.22. | 

先日、NHKの番組撮影でした。
5/24 19:00、ならカトリック教会での
オルティスのコンサート『MUSICA NOVA』の内容が(一部)明らかに!



放送日は 
5月22日、NHK奈良 18;30「ならコレ」
5月24日 NHK大阪 11;30「ぐるっと関西おひるまえ」


とっても美人さんの番組アナウンサーの方、
オルティスコンソート主宰の
坂本さんのわかりやすい解説をご覧になった後は
ぜひ、本物の生の演奏をお聴きくださいませ!



オルティスコンソートさんは、今年で29回目の定期演奏会です。
素晴らしいですよね!

私は駆け出しの歌手であった、ぺえぺえの20年前位から
有難いことに
ゲストソリストとして歌わせて頂いていますが
いつも
とても暖かで、素晴らしい団体だと思っております。


今回はミーントーン 、という、通常私たちが耳にする
「平均律」ではない音の幅で演奏します。

音の幅が等間隔ではないので、
発音や様々な条件に沿って、細かく修正しながら
準備しました。

フランス語も、他の言語に比べて、経験不足で
少し苦手意識もあったけど

今回はエリーズ(フランス語の先生。美人さん!)に
発音を矯正してもらい
そして、プログラム全体を見渡した上で
採用する発音を何度も変更しながら決めたり

歌手の立場を全うするのに
何がベストか模索するプログラムでした。


違うジャンルの歌手の方や
特に他の職業の方からは
こういう部分はかなり大変に見えるみたいです。



歌う前には
基本、翻訳も自分でできる限りします。

英語は割と早く仕上がる事も多いのですが
(でも古語、古文法だから、気が狂いそうになる歌詞もある!)

譜読みは早くできても
イタリア語は英文も参考にしながらでないと難しいから
イタリア語→怪しい日本語、英語→日本語。と
二つのパターンを訳します。

フランス語においては
自分でもチャレンジはするけれど、
ネイティヴのフランス人でも
「難しいヨ、昔のフランス語!」と悶々としているので
そんなに甘い世界ではありません。
私は絶対経験値が少ないので必ずプロの助けも借ります。


思えば、
私は歌手であり、翻訳のプロではないので
そこは、人生の大半の時間を費やした
学者さんの経験や知識にはかなう筈はありません。

ただ、歌手という知識や、
音楽を読む技術によって
隠された深い意味を探求することはできます。
(歌は、なんでも聞いてくださいね!)


が、余りにも難解なので
そのお力をお借りする場合もあるのですが



なにぶん

「歌うのは、私。
その歌に魂入れるのは、私。」

なので

自分でもやらずにはいられないのです。


なので
手間暇かかる!
とにかく歌うまでに時間がかかる!


フランス語だって、今回も現代フランス語じゃないですしね。
楽譜だって現代、目にするのと違う特殊なものもありますから
書き直しも当たり前です。

こういう準備が
大変ではない、とは言いません。
疲れてる日はとっとと寝ます。



ただ、歌に関しては
「努力と根性」って感覚が私にはありません。


歌うためには、こういう事、やるのが当たり前。
当然すぎて
実はあまり考えたことがない。



何事も、勉強せずに人前には立てませんし
頑張って勉強しても、足りなかったり、
気づかないところはたくさんありますから
できる限りはしたいですよね。

それでも

しまったー!
今頃気がついたよ!
もっといい方法あったよ!


あーもう!  どうにかするよ!!


って数日前に悶々とする日々は毎回のこと。



というわけで。



撮影の日は朝、発声も余裕がないまま
寝起きのフニャ声で
体も顔も起きていないので筋肉が動かず
音程もひいいいって感じで
コレは、スミマセン…です。


ぜひ、寝起きのフニャ声、フニャ顔でない
コンサート用の歌声を聴いてくださいまし! 


チケットのご用命は丸谷までお気軽にどうぞ♪





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